A  不定期便  第14号
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不定期便 14 

ふだん物理学

  第11話  ――010.3.2
 発行
01059

発行者
熊野宗治
   「読者諸君!」
 かれがそう言うのだから仕方がない、傾聴してみよう。
 「諸君、小生は学校で教わったことを分かったと思ってきました。ところが多くは、何となく分かっていたに過ぎないことに気づくようになったんです。
小生、なんと無知な人間でありましたことか! 無知は小生に限ったことではありますまい。君らも同罪ですぞ」

 なんでしょうね、いきなり! だが読者諸賢はきっと寛大であろう。かれが何を言うのか、腹を立てないで聞いてやることにしよう。
 ――「一般には重力の加速度は一定でg(=980 cm/sec2)と考えられています。しかし、厳密には一定ではありません。仮に地球の重心がすべて地球の中心に1点として存在するとすれば(じつはそのようなことは考えられないのですがね)、地球の表面つまりわれわれの空間では、地球の半径をrとすれば、ニュートンの万有引力の法則から
  α=G・M/r  (Gは万有引力定数)
と与えられるはずと考えがちですが、これは大いに間違いです。これを地上で落下させる物体の加速度gとしてあまり疑問をもたず、t秒後の落下速度をgtとしていますが、gはr=rのときであって、実は落下するにつれてrは小さくなってゆくわけです。だからαは一定ではないんです。rが小さくなれば(中心に近づけば)加速度は増加…いや、少なくとも変化するはずのものであって、厳密には等加速度運動ではなく、加加速度運動とでも言うべき運動をするとみなければなりません。ところが、それは必ずしも大きくなってゆくとは限らんのです。α=g(r)と表わすべきrの関数とするのが真実なのです。
 

重力の怪


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 葦郎はいつものように、とはいえ、なんだかしばらく振りなような気がしてカフェのいつもの席で思索に耽っていた。心地よいBGMに揺られながら、朝からこうしている。このところ、青田主催による寺子屋の集いのおかげで、せわしい気分が続いた。
 (そういえば、()はいかにして存在(ヽヽ)したのだろうか…)。あの講釈のあと、古本屋の主人が残したひと言がどうも葦郎の耳にひっかかる。いったいあの主人は何者なんだ? 古びて、偉大な過去の匂いがする穴蔵を潜って店の中へ入ると、大抵、その奥で煙を立てて座っている口数の少なそうな亭主に出会うことができる。ひと目見たのと大違いなのは、誰でも近づいて声を掛けてみるがいい、この主人たるや、いちど口を開くと、さも嬉しそうにして答えてくれるから親しみを感じないでおれないことが判るだろう。
 「存在というものは判っておりますかな…」
 あの日はいつになく独言のように聞こえたから驚いたが、確かにかれはそう言った。(存在、…存在と作用、…)、そんなことを考えていた葦郎は突如誰かに話し掛ける。なんと、われわれ読者に、である。 

 
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