光速の背景  143 次ページ

第6章 なにが学問を遅らせるか
初めてやる者は叩かれる
 なりふり構わぬ詰問。「測定誤差ではないか?」 「粒子の発射時刻と到着時刻との差によって測る装置への疑問」、これらには実験データを無効にしようという意図が見え、発表者は新しい報告への圧力や質問攻めに追われた。こんな目に遭うと思えば、相対論に障る事実の発表には慎重にならざるを得ない。しかし、発表すべきものを畳み込んでしまうことが起こるとすれば、その損失は大きい。こうして相対論に反する発表者には、弾圧といってよいほどの攻撃が降り注ぐ実態を見せたのである。その圧力に押されて、発表からほぼひと月後には確認観測をし直すことになった。だが、長年貯えてきた膨大な実験データが、この数日間でのやりなおしで変わるわけもあるまい。――「考え得るミスの可能性はすべてつぶした。結果が常識に反するという理由で発表しないのは、研究者として正しくない態度だと思った」、光速を超える粒子の存在を発表したグループの小松雅宏・名古屋大学准教授はそう述べた。衝撃の発表から2ヶ月が過ぎ、その後、より精密に調整したニュートリノビームによる再実験でも、やはり光速より速いという結果が出た。(日本経済新聞2011年1124日夕刊) ――
 結果がどうあれ、「研究者としての義務である」として、正しいと思われた事実の公表に踏み切られた教授らの勇気を、わたしは深く尊敬する。
 さらに付け加えるべきことがある。その実験で2012年4月、ケーブルの接続不良がみつかり、光速を超えるュートリノ観測に誤りがある可能性がCERNによって発表された。その再確認が6月に予定されていたが、その6月に入るやいなや、テレビ放送によって画面に普通のプラグ・ジャックが映し出されつつ、接続に不具合があったことと、その後は「超光速はみつからない」という、ぶっきらぼうな報道がなされた。

 考えてもみてほしい。この実験のデータは、長年かけて貯えられてきたものだ。考え得るミスの可能性は入念にチェックされていたはずだ。接続不具合という簡単なことなら、プロの研究者たちの眼によって、なぜそのとき見つからなかったのだろうか。
 
わたしの憶測を赦していただけるなら、その謎はすぐ解けることになる。それからひと月も経たない7月4日のNHKニュースは「ヒッグス粒子見つかる!」と報じた。ニュースは「ビッグバン当初、粒子たちは激しく動き回っていて、ある時期ヒッグス粒子が霧のように現れ、粒子たちはヒッグス粒子の霧から質量を与えられ、ゆっくり動くようになった。質量を持った粒子たちは互いに結びつき始め、原子となって分子となった。現在の地球や宇宙をつくった。その存在を明らかにする重大な発表をする」と伝えた。
 5000億円という建設費を投じて2008年9月に完成した大型ハドロン衝突型加速器LHCは、一周27キロメートルという山手線ほどの規模で、もちろん世界一である。ヒッグス粒子の存在を突き止めることができる、と大々的に喧伝して進めたものだ。大勢の研究員たちがここで働くことだろう。世界中の学者がこぞって祝っているところへ、なぜわたし一人が、これをおとぎ話と嗤うかは、次のようだ。 ヒッグス粒子はビッグバンの開始から100億分の1秒後に現れたという。私の疑問は、まずもって、高温高密度であったというビッグバンの種はいかにしてできたのか? ヒッグス粒子が粒子に質量を与え、物質が誕生したという。そのヒッグス粒子はどこからいかにして存在したのだろうか?質量とは、粒子たちに(ヒッグス粒子から)与えられたものである、という。 その質量は質量相応の重力場を持っている。してみると、ヒッグス粒子は器用にも、粒子たち相応の重力場も、そのとき与えたことになる。これではまるで、ヒッグス粒子が天地創造の神だ。私見ながら、50年前に予言されたヒッグス粒子の存在とは、一部の奇抜な物理学者によって創られた夢
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