T.運動学の部
§1.同時性の定義
いまニュートンの力学の方程式がよい近似で成り立つような一つの座標系を考える。表現を的確にし、かつこのような座標系をあとで導入する他の座標系とことばのうえではっきり区別するために、この座標系を定常系とよぶことにしよう。
もし質点がこの座標系について静止しているなら、その位置は、測定用の固定した標準と、ユークリッド幾何学の方法とを用いることによって、その座標系に関連して定義することができる。
質点の運動を記述する場合には、その座標の値は時間の関数として与えられる。ここで一つ注意すべきことがある。それはこのような数学上の記述は、“時間”をどのように考えるかを明確にしないかぎり、物理的には無意味だということである。時間が関係するわれわれのすべての判断は、常に同時に起こる事件についての判断なのである。たとえば、私が「あの汽車はここに7時に到着する」というとき、それは「私の時計が7時を指すことと、あの汽車の到着とは、同時に起こる事件である」という意味なのである。
“時間”の定義についてのすべての困難さは、“時間”の代りに、それを“私の時計の針の位置”によっておきかえれば解決できると思われるかもしれない。事実、このような定義は、時計のある場所だけについては正しい。しかし離れた二つの場所で起こる別の時間の二つの事件を関連させようとするときには正しくないのである。つまり、上記の定義は違った場所でつぎつぎと違った時間に起こる一連の事件を関連させようとするときにはもはや正しくない。あるいはこれと同じ結論になるが、その時計から離れたいくつかの場所で起こるいくつかの事件の時間を測ろうとするときには上記の定義は成り立たないのである。
もちろん、座標の原点に時計をもった一人の観測者がいて、測ることになっている各事件の時間を定める時計の針の位置を光の信号によって連絡し、その信号がその観測者に真空を通って到着する、というように配置すれば、そのようにして決まる時間の値で満足するべきであるかもしれない。しかしこのような連絡の方法は、経験的に知られているように、時計をもっている実際の観測者の立場に無関係ではないという点で不利である。以下では、この線に沿ってもっと実際的な時間の測定法を考えることにしよう。
いま、A点に一つの時計があるとする。A点にいる観測者は、Aのごく近くに起こる事件の時間の値を、これらの事件と同時である時計の針の位置を測ることによって決定することができる。また空間のB点に、A点にある時計とすべての性質が等しい時計がもう一つあるとするとき、B点にいる観測者は、B点のごく近くで起こる事件の時間を測定することはできる。しかし、時間を比較するためにそれ以上の仮定をしないかぎり、A点での事件とB点での事件とを比べることはできない。われわれはこれまでの議論では、“A点での時間”と“B点での時間”を定義しただけである。しかし、われわれはAとBとに共通の時間は定義していなかった。なぜなら、AからBへ光が進むために必要な“時間”とBからAに光が進むために必要な“時間”とが等しいということを定義によって確立しないかぎり、この共通の時間はまったく定義できないからである。いま光が“A時間”のt(A)にA点を出発してB点に向かって進み、“B時間”のt(B)にB点で反射してA点にもどり、再び“A時間”の`t(A)にAに着いたとする。定義により、もし
t(B) ‐ t(A)=`t(A) ‐ t(B) ………………………※1‐1
が成り立つならば、この二つの時計は同調していることになる。いま、このような同調の定義には矛盾はなく、二つ以上の多くの点についても定義ができて、かつ次の二つの関係が常に成り立つと仮定しよう。
1.もしB点の時計がA点の時計と同調すれば、A点の時計はB点の時計と同調する。
2.もしA点の時計がB点の時計と同調し、かつC点の時計とも同調するなら、B点の時計とC点の時計もお互いに同調する。
このようにして、思考物理実験の助けによって違った場所にある定常的な時計の同調ということの意味を定め、“同時性”とか “同調”とか“時間”とかということばの定義を明確に定めた。一つの事件の“時間”とは、その事件の起こった場所にある定常的な時計によって、その事件と同時として決まる時間である。もちろん、この時間は特別の定常的な時計と同調的であり、したがってまた、すべての時間の測定に対して同調しているとする。
さらに経験的事実に従って、
…………………………1‐2
という量は、普遍定数――真空中の光速度――であると仮定しよう。
定常系における定常時計によって時間を測定するということは本質的なことである。このようにして定義した時間は定常系に固有なものであるから、“定常系における時間”とよぶことにしよう。 (原文には数式に付番がない。※は筆者が付記、以下同じ) 続き 本文に対する批評
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