特殊相対論への疑問

E

疑問

                       
 ☆  ☆ 特殊相対論Eへの疑義  ☆  ☆

さてもうぼくらは最後の論文に触れた上で、特殊相対性理論を総括していいだろう。

状況説明のためのK座標があってここにBが浮いている。数行あとの()がBの浮いている座標となって、その彼らから遠ざかりつつあるK座標を改めて想定し、われわれはこのK座標に乗って眺めているという説明になる。

遠ざかりつつあるわれわれの速さがυである。われわれは物体Bを眺めており、この物体の左側と右側から輻射複合体(例によってえたいの知れない表現であるが、はっきり言えばエックス線や放射線のことだろう、ここでその放射線の放射速度を光速cとしている)がBの方へ進み吸収される。

われわれの後退速度のため、このシーン全体は遠ざかりつつある。放射線がBの方へ放射されるあいだにも刻々遠ざかるため、われわれから見てすこし斜め奥へ放射して見える。そのわずかな角度をαとして、放射線の遠ざかる奥行き方向の速さはc sinαと言っている。これが、彼らが遠ざかる奥行き方向の速さυにほかならない。一方では「物体Bは対称性の理由によりKに対して静止を続ける」と言ったことを忘れないでおこう。そしてυに比べ非常に遅いため、sinαはほとんどαラジアンと見てよい。これらのことは正しい。そのαはまた、ほとんどυである。これもそう見えることとしては正しい。

マクスウェルのE/()という運動量ベクトル(私自身は疑問に思う)は放射線の向きで、われわれの奥行き速度υに対し垂直である。それが相対速度υのため奥行き方向の運動量を持つように見えている。すると片方の放射線運動量は(E/2c)αつまり、(E/2c)×(υ)、左右両方の和はその倍で(E/()υとなるとしている。たしかにそう見える。

さて、ほんとうに放射エネルギーが質量Mの一部に変わるのか俄かに信じられないが、仮にそうだとして()となるとすれば、その後の速度υは吸収ののちも変わらないとしている。当然である、υはわれわれの速度であって彼らのではない。

運動量保存の法則からは、旨いことυが消去され、υに関わらない式となるから一見正しいようにも見える。実際これらの現象は、観察者がどう運動していようと関係しないはずだからである。しかし、これは正しい導き方であろうか?

放射線が奥方向への速度をもって見えるのはもっぱらわれわれ観測者側の行動のせいである。彼はそれを放射線のυベクトルが物体に吸収され、吸収後の物体の速度は依然としてυで、その代わり質量に変換されたように言う。挿図では物体を示す四角にυを示す矢印が書いてあり、そこへ向かって放射線ベクトルが斜めに引かれている。

実際には当事者たちの座標で、左右からの放射線は一直線でなければならない。アインシュタインがよくやる魔術であるが、傍観者であるわれわれは彼らにとってまったくの部外者である。われわれのυは彼らにとって何の関係もないのだ。相対速度のため外部の事物が運動量を持って見えても、それが現実となるのは、それと「当事者関係」が結ばれるときだけである。

物体Bと放射線という、ただ見ているだけで関与しない系のできごとについて、われわれにそう見えるだけのことを実際に起こっているように記述してはならない。「バケツの水の思い違い」のような過ちを冒す。彼の説明は現実と空想をごっちゃにした詭弁である。

もう読者の方はタイトルの日付をご覧になってお気付きかもしれない。特殊相対性理論が発表されたのは一九〇五年、一般相対性理論は一九一六年である。[A3][A4]は一九四六年となっている。われわれが参照している日本語版のこの本『アインシュタイン選集』の出たのは一九七一年である。

相対論解説本によくある「運動するものは質量が増す」という論文はこの本の『特殊相対性理論』には見当たらない。その代わりにこの[A3][A4]がある。ここに書かれているのは「エネルギーは質量に変換する」というものである。エネルギーを吸収すれば質量が増すと言っている。これは私も正しいかもしれないと考えている。そうすると逆に物体が速度を増して運動エネルギーに変換すると質量は減少する、としなければならない。これはさっきの質量が増すという特殊相対性理論とまったく逆である。[A3][A4]を加えるからには、「質量増加」は取り外さなければ壊滅的矛盾を抱えることになる。そしてこの「質量増加」は特殊相対性理論に言う「時間や長さの短縮」と表裏一体のものであった。特殊相対性理論は破綻している。ではなぜ彼は[A3][A4]を加えたのだろうか。

E=M()は彼が本文で告白しているように、相対論から導かれるものでなく、古典力学だけで説明できることを説明している。旧ソ連の学術センターがカナレフの論文受付を拒否した批評文中に「E=M()はアインシュタインによると述べているが、もっと前から知られていることだ」と述べている。

一九四六年といえば広島・長崎に原爆が落とされた一九四五年の翌年に当る。文中に「質量の増加が測られるためには、単位質量当りのエネルギーの変化がすばらしく大きくなければならない。われわれはこのように大きな単位質量当りのエネルギーの放出される場合をただ一つ知っている。それは放射性崩壊である」と書いてある。

広島・長崎と、それまでの実験を見て、急遽[A3][A4]を編入したものであろうと、私は勘ぐらざるを得ない。原爆の炸裂で熱線、X線、ガンマ線、粒子線、音波、爆風とさまざまな放射がある。それでこれを彼は「輻射複合体」と呼んだと思われる。これを見ても、放射の速度はに限られるものではないことがわかる。

さて、どんなときもチャンスを逃さず利用してしまう彼の才能躍如たるものがある。E=M()は、見てきたとおり特殊相対性理論とはまったく関係はなく、アインシュタインの発明でもない。

これらのことをごちゃまぜにして、いくらでも相対論の本が書ける。罪は相対論を種に本を書きまくるにせ科学者たちにあり、アインシュタインを攻撃するのはあまりに気の毒な気もする。  もどる

  AIU Planners Co., Ltd. 熊野宗治