物理と遊んで学者になる
はじめに
人はなにしろ、言われるまで気付か
ないものだ。目の前に展開されている出来事の仕組みをはっきりさせる。
物理への興味を深めてゆくと、自然の深い謎が解け始める。本書がその実体験の場になる。興味を寄せない人が世界的な発見をなし遂げるはずはない。その喜びを達成するには、面白がるほかはない。なぜそうなるのか。なぜそうなっているのか。身近な物理、これを面白がる人たちが自然法則を見つけだす。中途半端ではだめ。この本はそんな行為を絶賛し勧める実のところ、現在の社会体制では新しい考えを発表する機会はセットされていない。今回のこの本では実際に実行されたその困難の細部も掲載してある。学問、とりわけ物理学を正しく先へ進めるには、そこから変革される必要がある。
当時並行して相対性理論に絡まっている「光速とは何に対するもの?」という謎をメインテーマとして考え続けていた。どうしても納得いく解が得られず、灯りの見えない道を彷徨うままであった。まさにそんな折、新思索社から『幻子論』と次版の『アインシュタインの噓とマイケルソンの謎』の機会を得たころ、光速の法則性に気付いたものである。そうして生まれたのが『空間論』だった。これを嚙み砕いたものが『物理と遊んで学者になる』ということになる。
1真空がつくり出す噴水
半分親のすね、残りをアルバイトで貯めた資金でもって、高校生は九州へ旅をした。夏目漱石の『坊ちゃん』に出てくる うらなり君が左遷された、という宮崎だ。その二才君が言うには、なるほど、宮崎というところはなにもない。何でもいいからと探してみたら、駅前に宮崎科学技術館というのをみつけた。その高校生の名が青田二才だ。
「先生、そこに大気圧がみせる噴水の大型実験装置がありましてね」と二才はいう。めったに来ない客をみつけたものか、説明員らしい女性が青田のほうへ近づいてきた。うら若い説明嬢は、装置の実演実験を始めた。
そこにはたてに長い、直径10センチほどの透明パイプがあって、それは水槽の中に立てられ、しばらく空気を抜いたと思ったら、その透明パイプの中で、10メートルほどまで勢いよく水を噴立させた。二才が驚いてみていると、説明嬢はこんなことが起こるのは「大気圧がタンクの水面を圧すからだ」と言って、どうだ、驚いたかという眼をした。
驚くには驚いたが、二才はついでに、かねがね疑問に思っていたことを彼女にぶつけてみた。
「側面の巾が1メートルである水槽があったとします。そこへ深さ1メートルまで水を溜めてやると、――ちょうどこんなふうにね――」
するとその面には0.5トンの水圧がかかることになりますね? たとえば水槽の奥行きが1メートルもなくて、10センチほどだとすると、その水量は0.1トンほどですが、0.5トンの力がかかるでしょうか」と訊いてみた。答えらしいものを説明嬢からは得られなかった。
「どうなんですか?」と二才の矛先は葦郎へ向く。あなたは理学者なんだから、答える義務がある、と言わんばかりの顔をしている。
葦郎は受話器を置くとさっそく、寺崎に手紙を書いた。
いや、なに、これは大気圧をみせる実験で、いま言う珍問はこれと直接関係ないんだがね。
アルキメデスやパスカルの原理による、水中の同じ深さならどこも、水の圧力は等しい、という法則があるね。水圧は深さとともに増加する。さっきの大気圧実験水槽みたいな四角い水槽があって、正面に見える面の横幅が1メートルだったとする。そこへ、深さが1メートルになるまで水を注いだとするじゃないか。その側面を押しているのは幅1メートル、高さ1メートルということになって、その一面へかかる水の力は、平均して中心に0.5トンということになるね?
ところで、水中の圧力は深さだけにかかわり、奥行きは1メートルだろうと10メートルだろうと、太平洋ほどであろうと同じだというわけだよね。そこで、奥行きdを調整できるC図のような壁(ピストンのようなもの)を設けるとする。その奥行きをいくら動かしたって、0.5トンは変わりないってことになるね…? 仮に、水族館みたいに、側面、底面の5面を透明なアクリルの板を貼り合わせた水槽だとすると、さっきから見ている幅1メートルの板同士を貼り付けている接着の耐力が0.5トン、つまり、やっと持ちこたえていて、あとちょっとで破壊するとしよう。
さっきの定理が正しいならだね、奥行きはいくらでも構わないわけだ。すると、可動壁を動かして奥行き5ミリまで迫ると、そのときの水量は1m×1m×0.005mで、これは5リットルということになる。さらに狭めて奥行きを2ミリにすれば、2リットル入りぺットボトル1本分、さらに0.2ミリまで薄くするとコップ1杯ほどだ。
つまり、耐力0.5トンの壁を、たったコップ1杯の水で破壊することが出来ることになる。「そりゃ本当ですか?」と、ここの高校生が言うもんでね。これで正しいのか、貴君の意見をききたい。
2.コップ一杯の水で水槽は壊れるか
寺崎四郎から返信がきた。彼は、水中の圧力pは、p=ρgh(密度×重力の加速度×水深)として、大気圧も考慮した回答をくれた。問題にすこし勘違いがあって、彼はある深さでの巾1メートルと小さい高さ⊿Hとのつくる細長い面、w×⊿Hにかかる圧力を計算してくれた。それに大気圧も加味してくれている。ほかに、「槽の奥行きを0.2ミリにまで薄くしたら、ほかに何ごとかが起こるのではないか」と添えてある。
しかし、二才が知りたいのは巾1メートル、深さ1メートルの水がその全面に及ぼす力が本当に0.5トンになるか、というのである。葦郎は寺崎に今いちど手紙を書いた。
――秋のけはいいよいよ強まり、このところすっかり涼しくなりましたな。いたずら問題に、ご回答をありがとう。さすがは四郎君、厳密な解で恐れ入った。たしかに水深hでの水中の圧力pは、p=ρghで、ρが単位当り質量だとすると、その重力は地球上ではρg(gは重力加速度)とするのが厳密だね。
ところで、ぼくが意図した問題の意味が、ぼくの未熟な文章だけでは、やはり伝達し損ねたようだ。
200cc入りコップ1杯の水を1㎡に広げると、厚み0.2ミリになる。私の意味では、その0.2ミリというのは図のdのことを言ったつもりだ。じつは、この、わずかコップ1杯の水で水槽が破壊するという結論が、ぼくの感覚にも、ぴたっとこなかった。そこでこの問題は本当だろうか、という疑問を晴らすことなので、貴君の厳密論をもっと簡略にして、いまここで書くρを単位当り重量ということにしよう。水の場合、ρ=1ton/m3 と考えることにする。それで、1リットルの水の重さを、1㎏重(キログラムじゅう)と言う代わりに1㎏としようじゃないか。設問では、側面にかかる水圧を簡単に、最深部での単位水圧を2で割って平均水圧としこれに側面積を乗じていくらとしたが、正確には積分(深さごとに水圧を出して合計)、つまり、下に示すような計算をして求まるわけだね。
――静止流体の定理によれば水圧は深さだけにかかわるから、dの値に関係なく、耐えるべき接着耐力Fは水圧を面積に乗じてF=P=(1/2)ρH・S つまり密度×深さ×面積の半分、てことになる。密度=1トン/m3、深さ=1m、側面積S=w×H=1㎡とすれば、その力は0.5トンとなって正しいでしょうな。この問題に対しては“正しい”と解答すればいいことになる。
へぇそうかい?てわけで私は、これを実感するために、窓ガラスに水を押し付けてみましたさ。精密なピストンをこしらえるようなお金もないのでね!
葦郎は実際、水を封じ込めるために透明なビニル袋(観賞魚など買うと、丈夫な長い袋に入れてくれる)を用い、E図のように袋に水を入れて(密封しないで)、ガラス窓に押し当て、それが見られるように別の透明なガラス板で圧してみた。鎖線がその袋だ。
E図 F図
葦郎がそれを圧して水の厚みを薄くすると、水位がそれだけ上がった。水位が上がると、たしかに相当な力が必要になることを実感できたのだった。
貴兄ご指摘の、厚み0.2ミリでは違うことが起こるのではないか?と、疑いを提供してくれた。小生も、そのことはあるな、と思ったね。
そこでです、透明袋を介さなければどうなるだろうか、大気圧の影響を現わすかもしれないね…。
3.幅があまり薄いと、思わぬ現象が
その場合はF図のように、水はガラス面に付着しようとして、表面張力によって水の表面を引き上げようとするはずだね。図で、巾dの水面に働いている表面張力による大きさTは、tを表面張力とすると
T=t×2(w+d)≒t×2w ……①
(4周のうちdは小さいので無視しました)これを、大気圧が水面に加えている圧力に対する負圧力Ptとして換算するとTを水面面積w×dで除したものになる。
別に大気圧P0が働いているから、総合して、巾dの水面に働いている圧力P(d)は大気圧P0から表面張力による負圧Ptを差し引いたものとして与えられ(表②式)、したがって内圧は、水圧に、この見かけの大気圧P(d)が加わったもの(表③式)として与えられる。
一方、外圧のほうは 大気圧P0wHと外力fの合計として表④式となる。内圧と外圧とは釣合っているはずだから式を等しく置いて、押さなければならない力fは結局、⑦式で与えられる。
f=(ρH/2-2t/d)wH …………⑦
これは表面張力の効果によって、dが小さくなるほど減少し、ついにf
なる支える力は不要になるときがあって、d がいくらになればそうなるかはf=0と置いて
d=4t/ρH
を得る。表面張力tは、理科年表から7.3×10-2g重と知られる。するとdは
d=4t/ρH=4×7.3×10-2g/cm/(1g/cm3)×100cm =0.029㎜
と得られ、つまりdがおよそ0.03ミリより小さければ、fは、押す必要がなく、かえって吸い付けられるであろう、ということになりそうだね。
もっとも、いまは表面張力しか見ていないが、水とガラスの吸着力(毛細管現象の原因)の存在が前提にあって、この力が表面張力に十分匹敵することが前提である。
自ら驚いた葦郎はまた、「この極狭になった水面にかかる大気圧は、水面積があまりに小さいため、水の表面張力に負けて排除されてしまうのだと得心した。実際、二枚合せにしたガラスのすきまに水を染み込ませると、容易に剥がせなくなるね! 大気圧のため、きつく押し合わされているからだね」と付け加えた。
期がたまたま月の公転周期と同じだからである、と考え納得してきました。諸君もそう聞いているでしょう。理科年表に載っている説明も、そのとおりなんです。しかし、そうだとすると、まったくぴたりとそれらが等しいことになります。古今東西、偶然の一致というものはこれほど一致するものではありません。平安時代からずっとこの方、ウサギの餅つきなんですからね。何かの原因がなければ、これほどずれを生じないことは、到底ありえないとしか小生には思えんのです。きっとその原因があるはずです。いまから諸君とともにその謎の解明にチャレンジしてみたい。。
私はこれまで、それは月の自転周期がたまたま月の公転周期と同じだからである、と考え納得してきました。諸君もそう聞いているでしょう。理科年表に載っている説明も、そのとおりなんです。
しかし、そうだとすると、まったくぴたりとそれらが等しいことになります。古今東西、偶然の一致というものはこれほど一致するものではありません。平安時代からずっとこの方、ウサギの餅つきなんですからね。何かの原因がなければ、これほどずれを生じないことは、到底ありえないとしか小生には思えんのです。きっとその原因があるはずです。いまから諸君とともにその謎の解明にチャレンジしてみたい。