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葦郎はいつものように、とはいえ、なんだかしばらく振りなような気がしてカフェのいつもの席で思索に耽っていた。心地よいBGMに揺られながら、朝からこうしている。このところ、青田主催による寺子屋の集いのおかげで、せわしい気分が続いた。
(そういえば、物はいかにして存在したのだろうか…)。あの講釈のあと、古本屋の主人が残したひと言がどうも葦郎の耳にひっかかる。いったいあの主人は何者なんだ? 古びて、偉大な過去の匂いがする穴蔵を潜って店の中へ入ると、大抵、その奥で煙を立てて座っている口数の少なそうな亭主に出会うことができる。ひと目見たのと大違いなのは、誰でも近づいて声を掛けてみるがいい、この主人たるや、いちど口を開くと、さも嬉しそうにして答えてくれるから親しみを感じないでおれないことが判るだろう。
「存在というものは判っておりますかな…」
あの日はいつになく独言のように聞こえたから驚いたが、確かにかれはそう言った。(存在、…存在と作用、…)、そんなことを考えていた葦郎は突如誰かに話し掛ける。なんと、われわれ読者に、である。
「読者諸君!」
かれがそう言うのだから仕方がない、傾聴してみよう。
「諸君、小生は学校で教わったことを分かったと思ってきました。ところが多くは、何となく分かっていたに過ぎないことに気づくようになったんです。小生、なんと無知な人間でありましたことか! 無知は小生に限ったことではありますまい。君らも同罪ですぞ」
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