印刷用        不定期便  第17号
 不定期便 17 

ふだん物理学

12 それはなぜ――09.12.30

  発行
010531

発行者
熊野宗治
 

潮汐はなぜ起こる



 月の公転

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 概略次のように導入?
 空虚な空間と見えながら、じつは濃密な重力場が存在するという、“自然界の最大の謎”に(うな)されるようにして葦郎は神田の古書店街をさまよっている。
 いつしか極楽堂(仮名)にいる。今日は夫人が番をしている。夫人は、句会だ、貧困と格差社会問題を考える会だ、何だかんだと通例は忙しく活動している。今日だけは、主人が“石の会”とかいう変な会合に呼ばれたらしい。
 「今日は珍しく出かけておりますの」
 この夫人は社会問題には熱心である。しかし科学問題にはまったく興味を示さない。重力がどうの、中性子がもっと小さなクォークという粒子からできているのと、夢みたいな話が、「実際生活のどこで役に立つのかしら?」というのが所見だ。
 月がいくら兎の姿ばかり見せていたって、ちっとも不思議ではないし、潮が満ちるのもただそれが漁にどう影響するかくらいが、精々わかったらいいんでしょ。その原因が物理学的にどうのと言ったって、「自らの生活にどんな役に立つのかしら」という考えであるらしい。
 そこで、男性と女性の脳の構造的違いを論じる。「女性は(理学に)どうも無理解である…」
 なんて、うかつに「女は…」という言い方をすると、問題になることがあるから気をつけたがいい…。などの話を(戯曲にするときには)入れる。

   
 主人の甥にあたる二才もこの話を伯母から聞かされたとみえて、二才は伯母の思想に反抗し「潮汐はなぜ起こるか」の寺子屋を、また企画する。その前に二才と葦郎がカフェで会って、「地球も月の周りを回っている」という話をする。そのあと、寺子屋の集いその三が計画されることにする。

    


 2 地球は月の周りを回っている
 陽気に誘われて家を出たものの、慣習とは恐ろしいもので、葦郎はいつの間にかカフェの定席に落ち着いていた。そこへ二才は当り前のように入ってくる。当り前のようにその勘が利くようになったとみえる。しかし、きょうの二才はどこか釈然としない気分を運んでいた。
 「伯母の真剣な社会奉仕活動には敬服するに已む無しとしてるんです」
と、妙な言い方をして二才は話し始めた。しかしですね、ぼくたちがなぜ勉強するかって、そりゃ人間として、義務です。すこし先では“就職”という問題もある。たしかに深刻な問題です。勉強は、いい就職をするためにする、という人もいます。

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それなら、就職とか、あるいは会社が儲かるためになるようなものとは違うことを学ぶのはつまらない、ということになる。自分はそうは思わない、というようなことを言ったが、様子からすると、まんざら不満そうな顔でもない。

伯母は、潮の満ち干がどうして起こるかということよりも、それがどう人間生活に影響を及ぼすかのほうが重要なのだと言うんです。それはたしかにそうなんですが、何の役にも立たないはずの原因、物理的作用の仕方――それがどうなってどう起こるか――は、ぼくにとってこんなに興味をそそるものはないです。

 先刻、先生から寺子屋で聞いたことを、すこし見方を変えたらですね、地球は月の周りを回っている、と言ったって、事実正しいことに相違ないです。伯母は、そんなばかなことばかり言って!と言うんですが…。
 「そうか。じゃ、人の妊娠だって魚介類の産卵とおなじに、月の物理現象に影響されているかもしれないんだということでも話してやったらどうかな」
 きみがこれは正しいと思うことの根拠を整理してみようとする姿勢は大いに買っている。説得力をもって抗議するには、自らよく研究してから言うのがいいからね。理系思考のぼくたちの役目だ。そして正確で厳密な根拠に基盤を持っている、これが男性の強みだろうさ。きみの伯母さんはともかく、真っ当な意見を笑って吹き流そうとするような、世間にありがちな無責任な風評に負けないためにもだね。ところで、今日もなにか問題を抱えてきたんだろうね?
 それなんですが…。さっきぼくが言ったように「地球は月の周りを回っている」はずですね。そこでです、寺子屋の第七話4で、「連星の、互いの遠心力の中心はそれらの重心である」 ことを確認しました。そのことを用いて、地球もその重心の周りを公転していることの証明として、月の地球に対する公転周期の逆数である1日あたりの角速度を概算してみようかと思うんです…、と二才はいう。それは地球の月に対する公転の角速度にも当然等しい。

   
 資料を見ますと、月の質量はほぼ地球の100分の1.23とあります。
すると、地球の月に対する公転半径Rは先ほどの原理から図2のように重心位置が両者間を1対0.0123に別ける地球側つまり
  =(0.01231.0123)R……①(表①式)
ということになりますね。

図 1

 図 2     

 どうやらきょうは二才君の主導によって進み、師匠は頷きながら聞いている。
 さて、月に対する地球の公転運動によって地球に及ぼされている遠心力はMR・ω
これを引き留めている万有引力は
   GmM/R
です。Gは万有引力常数。これらが釣合っている方程式は
   MR・ω =GmM/R
でしょう。この両辺をMRで割りますと

   ω =Gm/R・R …………②

を得ます。間違いありませんね? ここに
m=0.0123M および R=①式 を入れますと右の式は


   ω =1.0123MG/R

と求まります。理科年表などの資料から知られる万有引力常数G=6.672×10-11m3/kgsec2(このmは長さ単位のメートル)や、地球の質量M、月までの距離Rを入れますとωは

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ω=0.2305ラジアン/
と求められます。これが実際と一致するかどうか?です。実際は28日(厳密には恒星月27.32日)で1周することから、実際の値は
 ω =2π/27.32 =0.23ラジアン/
のわけです。これに比べ計算値0.2305は、…どうです!実際の0.23とよく一致したと言っていいんじゃないですか。
 葦郎はうん、と大きく頷き、地球も28日間のあいだに太陽中心の公転をしているため、地球から見る月は29.5日周期で(満月から満月までという具合に)太陽と並ぶわけだ。これが朔望月(さくぼうげつ)だ、としめ(くく)った。このとき(だいぶ身についてきたようだ)と、徒弟の自力を褒めるに躊躇はなかった。

月の質量が地球の約100分の1.23だとすると地球の公転半径Rは両者間を10.0123に別ける地球側
 =(0.01231.0123)R  ………①
にある。月に対する地球の遠心力はMRω、これを引き留めている万有引力はGmM/Rである。Gは万有引力常数。これらが釣合っている方程式は
 MRω =GmM/R
である。
 両辺をMRで除し
  ω =Gm/R   …………②
を得る。ここにR=①を入れると上式は
 ω =0.0123MG/(0.01231.0123)      =1.0123MG/R
 Gと資料のR,M(地球の質量)を入れ、
 ω(1.0123×5.973×1024㎏×6.672×10-113/㎏・sec2)(3.84×105×103)3
 (40.3×1013)(56.6×1024)sec
 0.712×1011sec
 するとωは
 ω=(7.12×10-12sec)1/2
   2.668×10-6sec
2.668×10-6(1/60)×(1/60)×(1/24)
0.2305ラジアン/と得られる。
 

   

 理科年表2008版の資料から

 月~地球間距離R=3.84×10
朔望月29.53
恒星月27.32
月の半径r1.74×10
月の質量≒地球の0.0123
太陽の質量=1.98×1030
≒地球の3.33×10

上の式から
地球の質量M
(1.9893.33)×1025
5.973×1024
月の質量m
5.973×1024×0.0123
≒(5.973100)×1024

万有引力常数G
6.672×10113/㎏・sec2

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