不定期便  第3号

    3
 葦郎は二才にも、おなじことを答えてやった。すると彼も水押し実験をやってみようと張り切っている。以下は手紙の続きだ。
 ――貴君は厳密に、大気圧のことも考えてくれたが、実は大気圧は水槽の、水を支える透明な板の外側からも、水のある内側からもかかっていて、本問の場合、釣合っていて大気圧の考慮は結局必要のない結果になるわけです。
 ――貴兄ご指摘の、厚み0.2ミリでは違うことが起こるのではないか?と、疑いを提供されました。私も、そのことはあるな、と思いましたね。
 そこでです、透明袋を介しなければどうなるでしょうか、大気圧の影響を現わすかもしれませんね。その場合はE図のように、水はガラス面に付着しようとして、表面張力によって水の表面を引き上げようとするはずですね。図で、巾dの水面に働いている表面張力による大きさTは、tを表面張力としますと
   T=t×2(w+d)
    =t×2w   ………………………@
 (4周のうちdは小さいので無視します)これを、大気圧が水面に加えている圧力に対する負圧力Ptとして換算しますとTを水面面積w×dで除したものになります。
  別に大気圧P0が働いていますから、総合して、巾dの水面に働いている圧力P(d)は大気圧P0から表面張力による負圧Ptを差し引いたものとして与えられ(表A式)、したがって内圧は、水圧に、この見かけの大気圧P(d)が加わったもの(表B式)として与えられます。一方、外圧のほうは大気圧P0wHと外力fの合計として、表C式となります。内圧と外圧とは釣合っているはずだから式を等しく置いて、押さなければならない力fは結局、F式で与えられるでしょう。
  f=(ρH/2 − 2t/d)wH ………F
 これは表面張力の効果によって、dが小さくなるほど減少し、ついにfなる支える力は不要になるときがあって、dがいくらになればそうなるかは f=0 と置いて

   

水はガラス面に付着しようとし、表面張力によって水の表面を引き上げようとするはず。B図で、巾dの水面に働いている表面張力の大きさTは
 T=t×2(w+d)=t×2w ………@

4周のうちdは小さいので無視した。これを、大気圧が水面に加えている圧力に対する負圧力Pとして換算すると
  =T/wd= @式を入れて2t/d
 別に大気圧Pが働いているから、総合して、巾dの水面に働いている単位圧力P(d)

  P(d)=P− P   ……………A

 したがって内圧は、水圧(1/2)ρH・wHに、見かけの大気圧P(d)による水圧P(d)wHがかかって、合計 内圧力
  =(ρH/2+P(d))wH   ……B
外圧は大気圧PwHと外力fの合計で
  外圧力=PwH+f    ………C
 その釣合方程式は B = Cとして
  f=(ρH/2+P(d)−P)wH …D
 
を得る。A式、P(d)=P−Pを用いれば  f=(ρH/2−P)wH  ………E

       次ページへつづく



   d=4t/ρH
を得ます。表面張力tは、理科年表から
  7.3×10-2g重
と知られます。するとdは
   表H式
と得られ、つまりdがおよそ0.03ミリより小さければf=0となり、押す必要がなく、かえって吸い付けられるであろう、ということになりそうですね。
――
   4


 
    不定期便  第3号 

前ページのつづき

PtはPt=2t/dであるから、E式は
   f=(ρH/2−2t/d)wH  ……F
 これは表面張力の効果によって、dが小さくなるほど減少し、ついにfなる支える力は不要になるときがあって、dがいくらになればそうなるかはf=0と置いてρH/2−2t/d=0から
   d=4t/ρH  …………………G
のときである。tは理科年表で調べると、20℃の水で73dyn/pとある。つまり1pあたり、73ダインの力が働くことになる。73dynが何グラム重になるのかは、
   3g・p/sec=χ×980p/sec

とおいて、χ=(73/980)g重となる。980を近似的に1000とみると、73dyn≒73×10−3g重=7.3×10−2g重。するとdは
   d=4t/ρH
   =4×7.3×10−2g/p/(1g/p)×100p
   =0.029 o   ………………H
 

 もっとも、いまは表面張力しか見ていないが、水とガラスの吸着力(毛細管現象の原因)の存在が前提にあって、この力が表面張力に十分匹敵することが前提である。
  そういう結果を得て自ら驚いた葦郎はまた、「この極狭(ごくせま)になった水面にかかる大気圧は、水面積があまりに小さいため、水の表面張力に負けて排除されてしまう、というわけでしょう。実際、二枚合せにしたガラスのすきまに水を染み込ませると、容易に剥がせなくなりますね! 大気圧のため、きつく押し合わされているからでしょうか」と付け加えた。
 
われわれはよく、ガラス板やビニル袋が水にぬれて、離れなくなることを経験し、癇癪(かんしゃく)を起こすことがある。癇癪が先に立っているから、それがなぜ

    起こるのかに思いを致すことがなかった。はからずも、その解を得た葦郎には、満たされるものがあった。
  
(200995日志郎君への手紙を脚色)








 

《応用例》

この物理的性質を次のように役立てることができるかもしれない。

すでに応用されていることは

顕微鏡下で薄い切片を見るために、液を垂らしてプレパラートで押えることを、この原理が可能にしている。

窓ガラスに、透明シートや半透明シートを、水だけで貼り付けることができる。

あるいはまた

醤油などの液状調味料をビニル袋に詰める場合、出し口にこの性質を応用することで、必要量出したあと口が自分で閉じるように、工夫した商品をみかける。

パスカルの原理は、倒壊した重量物や車輌などの下に袋を投げ入れ、袋につながれた複数の吹き口をもつチューブから息を吹き込み、下敷になった人を救出するために持ち上げる応急ジャッキとして、役立てることは可能かもしれない。現在極めて強靭な繊維が開発されているから。

 

   5