光速の背景  126
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第5章 未来へなにを遺すのか
 物理学上の発見の系譜

 これまで矛盾に満ちた空想的相対論と、不思議な現象を現実にみせる超伝導について見てきた。かつて厳密な観察によるケプラーの法則とガリレオの落体についての思索を受け継いだ1687年のニュートン力学は、それまでの天体運動を幾何学から初めて物理学へ格上げした。その後の物理学はなぜ混迷に陥ったのだろうか。ニュートン力学は彼による微分・積分学の完成によってもたらされた。微分・積分の輝かしい成功は、その輝きゆえ数学への崇拝と憧憬を集め、その後、数理的物理学を著しく発展させる。
 1830年代の、ファラデーによる電磁誘導の発見は、直観のファラデーから数理のマクスウェルへ、そして、マイケルソンの“光のエーテルの検出”の失敗()を利用したアインシュタインは、その誤っているであろう解釈のもとに超越的幾何学を駆使して空想的相対論を築きあげる。1919年11月、ニューヨークタイムズ紙「月食、重力による彎曲確認」の記事は相対論に一躍、脚光を浴びせた。数理崇拝と強大なメディア、娯楽好きな大衆と、引きもきらぬ好奇的科学者たち。それらは一斉に、アインシュタインを物理学の頂点に祭り上げた。
 空想的相対論は、空想的宇宙ビッグバン誕生理論と結びついて、近年の素粒子論や原子物理学に少なからず、不条理な影響を与えている。近年において物理不明な数理物理学の甚だしい流行を招いている。だが、諸君、数学は決して物理を解くまい。むしろ数学は誤った物理論を導き出す危険性を孕んでいる。このことを強調しておきたい。
 量子力学のような統計数学的方法はまた、表面的には自然の現れを表現できるだろう。しかしそれは現象の現れを外面上スケッチするにすぎず、物理(ヽヽ)を理解することはできないものだ。いまや物理学の行く手を数学が阻んでいる!
 物理的発見はし尽くされたのであろうか? そうではない。謎に充ち説明しがたい不思議は数多く存在する。先にも述べたように、物はなぜある形をとるのか、いかにして形状は保持されているのか、その驚異的な保持力――ダイヤモンドの硬さ、高張力繊維の引っぱり耐力、鋼の弾性――これらをつくり出すメカニズムはどうなっているのか? これらの物性の神秘は人の好奇心を強くひきつけるものだ。
 すでに超伝導の性質について見た。物性の物理こそが研究に値する、これからの物理学となろう。その中心は“場”の物理学である、とわたしは予感している。それを〝物質場〟と呼び、場の物理学は“存在の起源”についても、未来には解き明かしてくれるであろう。当分の間はさまざまな実験が試みられ、多くの実験的発見を蓄積してゆくのがよいとわたしは思っている。たとえば高エネルギー加速器研究機構やLHCの施設で実験が行なわれ、その結果、理論に合っていたかどうかという結果論だけを発表されることは、他の科学者にとってすこしも材料にならない。その理論が間違っていないとは限らないのだから。実験データ――方法と結果――をそのまま公表される必要がある。
 実験する端からたちまち数学で縛ってゆくのでは、自然の摂理に関する真の究明を遅らすか、誤った理解へ導く惧れがある。現今の理解に適いそうな結果にのみ、目を奪われていれば、重要な現象を見落しかねない。数理にあわせる、のではなく、予感し気づき悟ることに傾注することがわれわれにすばらしい結果をもたらすに違いない。 次ページの表「物理学の系譜」は、将来にわたって「場の物理学」が先導してくれるであろうことを表わしてみた。
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