第6章 なにが学問を遅らせるか 人間の本性
学問を遅らせるのは、武力による抑圧でもなく、また、財政不足でも、知恵の足りなさでも、時間が足りないせいでもない。それを遅らせるものは、人間の本性である。
1.なぜ学問は滞るか
最も後れている物理学
17世紀から18世紀にかけて科学の飛躍があった。現在は国際宇宙ステーションを建設中である。近年までに生物学、医学、生命化学、分子生物学など著しい進歩がある。ひとり物理学だけがニュートン、マクスウェル以来さっぱり新しい進歩がない。機械工業技術や電子技術さらに宇宙航空、ナノテクノロジーといったハイテク技術は長足の進歩を遂げつつある。これらはミクロとマクロの中間にあって、どうにか人間の目の届く範囲にある。
物理学ではマクスウェルあたりのところでほとんど飽和に達した感がある。概念的な理論が増え、量子力学にその傾向をわたしは感じる。とりわけ相対論には憶測や仮定でできあがって、うさんくささを漂わせる観念論としか、受けとりようがない。この相対論は筋の通らない仮定から、奇妙なことも極微の世界では成り立つのだとして先へ進められている。いったんこうと決めたことを再検討しようという者はなく、この危なっかしい足場の上へ、先へ先へと新しい想像ごとを発明している。これらはさっきみた目の届く範囲のそとにあって、反論することも困難であるため野放し状態にある。これらは科学社会学者や科学哲学者たちがする論評の、恰好の餌食となる。われわれにも言わせろ、というわけである。
物理学の進歩を阻んでいるものはなにか?―轍のあとを辿りたがる人は、生まれてより安泰に、レールのうえを歩まされる。そうしていれば何の心配もなく、しかも早い。それにまた、理解が早くすなおで、育ちのよさ
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