光速の背景  97
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第4章 未来への道
う考えれば、物の勢いが、それを見るそれぞれごとに異なってみえる問題からようやく開放される。2つの物体間でおこす衝突の物理も、大局からはまったく客観的に観察することができるわけである。

絶対静止空間をつきとめる
 われわれは力学や、電磁気学や、光学といった、“動き”というものが重要な研究対象となるはずの研究のなかで、絶対的に静止している空間はどこかという問題をまったく放置したまま、ずいぶんと高度な理論を組み上げてきたものである。なぜそのようなことが可能だったのだろうか。光の速さという最も基本的な問題でさえ、気軽に、“その速さは互いに移動している誰にとっても同じ”としてすませてきた。この程度の頭で、よくもまあ物理学をここまで築いてきたものである。脳のどこかにぽっかりと穴が空いていて、それでも結構うまく外堀を埋めるものであるようだ。科学史を振り返ってみれば、なるほど、後世になって「なんと幼稚な考え方をしていたことか」と笑える時代が次々にやってきている。だが、今やわれわれはついに絶対静止空間を定義することができる。この定義(実証されるまでは法則と呼ばず定義と呼ぶことにしよう)から、今後の物理学をいかに展開することになるだろうか。喩えていえば、A、Bの二人はいま一つのベッドに就寝中であるとしよう。このA、B二人を裸にして、両者のちがいを究明しようと企てるとする。われわれはこの“二人とベッドの総量”を把握しているとしよう。するとまずわれわれは、ベッドを覆っている寝具を剥がさなければなるまい。そこで、BがAを調べるには、“AとBのベッドとベッドを覆う寝具と自分のパジャマと”の総量を調

べ、“二人とベッドの総量”から差し引けば、パジャマを着たAが取り残される
だろう。その上で、裸のAの実体まで知

質量Mの物体は絶対静止に対してVなる速度をもっているとし、質量mの物体は、同じくυなる速度をもっているとする。これらの運動エネルギーの総和は絶対静止空間に対し
 (1/2)MV+(1/2)mυ =E…4‐④
と保存される。両者の速度差V-υを相対速度υで表わしV-υ=υ ………4‐⑤
とすると、④式は
 E=(1/2)M(υ+υ)+(1/2)mυ
               ……4‐⑥ あるいは
 =(1/2)MV2 +(1/2)m(V-υ)
            ………4‐⑦
 すると、mからMの運動エネルギーみると、⑥式でυ=0とおいて
  =(1/2)Mυ ……4‐⑧
 Mからみるときは⑦式のV=0とおいて
  =(1/2)m υ  …4‐⑨
と見えるだろう。
      ――表―― 

知りたいなら、あとはAのパジャマを脱がせればよい。ではこれを物理学へ戻してみよう。
 いま仮に二つの物体があったとすれば、それぞれ、先に述べた絶対静止空間に対して、その運動量や運動エネルギーをもつと考えることができる。これこそ、その物体のもつ物理的絶対量である。  それゆえ、物体Aに対する物体Bの運動量と運動エネルギー(この二つのどちらでも物理量と呼ぶことにしよう)は、両者の絶対的物理量から片方が有する絶対的物理量を差し引くことによって、計算上は、相手Bの物理量として求められる。これは見かけの量である。そのことをもっと具体的に、数式を用いて関係を明確にすることにしよう。

 いま、物体Aは質量がMで、絶対静止に対してVなる速度をもっているとし、物体Bは質量がmで、同じくυなる速度をもっているとする。これらの運動エネルギーの総和は絶対静止空間に対し表④式のように保存されるだろう。
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