光速の背景  119
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第5章 未来へなにを遺すのか
渦糸の運動
 電流が外部磁場に対し垂直なら、渦糸は横に動く。伝導電流のつくる磁場が渦糸の磁束に及ぼす力による。磁束がたばになって渦糸をつくり、電流に垂直に試料を横切って反対側へ出てゆく。この渦糸の運動エネルギーは電流のエネルギーが散逸することを示している。渦糸の運動による磁束の運動は電流の方向に電場を誘起する。電流は超伝導領域の内部だけを通る道筋を流れることができるはずである。このとき抵抗はゼロ。
 試料の結晶構造に格子欠陥や不整があれば、渦糸はこの部分にとらえられる。“磁束のピン止め”として知られる。渦糸の運動で生じるはずの電圧は、電流が小さいときピン止めに勝てず渦糸は運動しないため生じない。
 ピン止めの力を打ち負かすと渦糸の運動が起こる。電圧が生じ、ゼロでない電気抵抗が観測される。外部磁場が充分強いとき、格子欠陥の有無に関わらず混合状態が得られる。このとき、磁場を弱めてゆくと格子欠陥のない試料では内部の磁束は変化を逆にたどり、Hc1で超伝導状態に戻り渦糸とその磁束は排除される。格子欠陥のある試料では、渦糸は欠陥にピン止めされ、排除されない。磁場がゼロになってもいくらか渦糸が内部に残る。これは永久磁化されたことになる。
 多くの格子欠陥をもつ試料は、外部磁場の変化に対し、なめらかに減少・増加するのでなく、不連続に変化する。この現象については、ほとんど分かっていないが、磁束のピン止めによるものと思われる。

永久磁石への応用
 格子欠陥をもつ試料を永久磁石化するには、試料に外部磁場を加え、そのあとで取り除けばよい。永久磁石の性能の目安は、永久磁束と、それに用いられた外部磁場の強さとの積で示される。通常の最良の磁石と同じ程度から、10倍にもなる永久磁石を無理なくつくることができる。

境界エネルギー
 力学では、力学的平衡状態にあるとき、そのエネルギーが最低の値をもつという定理がある。《絶対温度ではどんな体系も、その全体エネルギーは可能な最低の値をとらなければならない》。
 これを絶対零度でない温度に一般化することは可能である。外部磁場の強さに応じ超伝導体は、超伝導―中間または混合―ノーマル、の3種の状態をとり得る。磁場がゼロのとき、超伝導状態のエネルギーは、他のどの状態よりも低い。従って超伝導状態にある。
 外部磁場が増加すると、超伝導状態のエネルギーは、磁束を排除するのにエネルギーが必要となるため増加する。Hより大きい磁場に対しては、中間(または混合)状態のエネルギーは他の場合よりも低く、試料は中間(または混合)状態にある。外部磁場の強さがHに等しいとき、試料はノーマル状態にはいる。
 これらの考えから定量的な結論を引き出すためには、全エネルギーの表現が必要になる。ノーマル状態では全エネルギーは単にEtot VEn となり、Eはノーマル状態のエネルギー密度であり、Vは試料の体積である。ノーマル状態では事実上磁気的ではないので、Eは外部磁場に依存しない。
 超伝導では、磁気的でない部分と磁気的な部分に分けられ、
   Etotsup VEEs,mag
ここで、Eは外部磁場のないときの超伝導状態のエネルギー密度で、
Es,magは超伝導状態がもつ磁束を排除する性質の磁気的エネルギー密度である。第1項は磁気的でないエネルギーを、第2項は磁気的エネルギーを 
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