光速の背景  148 次ページ

第6章 なにが学問を遅らせるか
 ランクの低い科学者の間には、このように、逸脱的な考えの公言を思いとどまらせ、意見の不一致が逸脱的な知的運動にまで拡大するのを防ごうとする、強大な圧力が存在する。》[( )は筆者が加入した]
 上にはなぜ新しい学説が現れて来にくいか、そのカラクリがよく説明されている。つぎに、新しい萌芽が当面抑圧され、逸脱科学として置かれることがあることを参照しよう。
 《革新的アプローチが先行の正統科学にかわる非正統科学的な代替物として科学革命以前に発展していることはよくあることである。このように革新的アプローチが、危機の時代にエリート科学者によってとりあげられる以前に二流・三流の科学者によって発展していた、といった事例が、我々に逸脱科学の具体例を与えてくれるのである。20世紀初めにアルフレッド・ヴェーゲナーの唱えた大陸移動説は、彼と同時代の事実上全員がそれを嘲笑していたのに、1960年代に突如として地質学上の新しい学問動向と密接な関連をもつようになった。ヴェーゲナーの名は、その時点で過去へさかのぼって無名の科学者の中から引き抜かれたのである。彼は、存命中は紛れもなく、制度化された科学の下層に位置する逸脱科学者であった。》
 われわれは同様なことをアリスタルコスの例に見た。かれの場合も当面は下層におかれた。それがいかにして支持されるに至るかは次の説明が至当であろう。
 《二流・三流の科学者の間に逸脱的な考えが存在していても、そうした考えが持続的な知的運動にエスカレートして、正統科学の内部で逸脱的見解を主張するまでになるのは、きわめて困難である。逸脱的な研究方法は、エリート科学者の間で支持を得られなければ、制度化された正統科学の外部にその社会的基礎を見出すしかない。さもなければ、逸脱的な研究方法は死に絶えてしまうのである。》
 まったく裏腹(うらはら)に、エリート科学者の間で支持されたばかりに大衆的な支持を受け、以下のように、なにもかも一緒くたに流布されてしまうこともある。
 《大衆的な支持を受けたものや、一時的な流行からこうした類の逸脱科学を成長させるのに、ジャーナリズムが重要な役割を演じている。大衆の間に好意的な反応が強くある場合には、新しい関心に応えようとするジャーナリストの熱意が、熱狂の手助けをするのである。
 しかし、逸脱科学に対する大衆の関心はなかなか持続しないものである。とはいえ、流行の渦中にいた人々の一部がかなり永続的な関心を抱くようになるということもある。(ここでダーウィンの「種の起源」を利用したナチスの人種理論の例が示されている) 当初の流行が終わったあとも特別のグループの人々だけは関心を抱きつづけたのである。その内部では、もっとも活動的な熱狂者たちが、その逸脱科学の精緻化と普及活動を続けている。かれらの著作は広範囲の人々に配布され、そうした人々からあらたな熱狂者たちが誕生するのである。うまくいった場合には、逸脱科学に対し積極的ではないが穏当な関心を抱く人々の数が、あらたなジャーナリズムの市場を形成するまでに達することになる。彼らが、逸脱科学の問題についての著書を購入し解説的な論文を読んでくれるのである。かれらの批判の水準が非常に高いということはまずありえないので、できる限り広範な読者層向けに執筆するという商業的な要請から、プロの執筆者も低い知的レベルで書くようになり、学問的な道具立てを誇示する気がなくなっていく。》[( )は筆者が記入]
このようにして逸脱科学を排除するメカニズムが、まったく同様にして慢性的に誤った科学を擁護するように働く。上の例として熱狂者たちのその「逸脱科学」のところに「相対論」もしくは「ビッグバン理論」を入れて読み直す
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